大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)811号 判決 1992年5月25日

原告

黒岩由雄

被告

イースタンエアポートモータース株式会社

右代表者代表取締役

高木正延

右訴訟代理人弁護士

松岡浩

右訴訟復代理人弁護士

比護隆證

右訴訟代理人弁護士

是枝辰彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  控訴費用は原告の負担とする

事実及び理由

第一請求

一  被告は、被告作成の原告についての雇用保険被保険者離職票(以下、「本件離職票」という。)の記載中、「被保険者期間算定対象期間」の「七月一日~七月三一日」及び「五月一日~五月三一日」の欄のうち「賃金額」欄の「A」欄及び「備考」欄の各記載、「被保険者期間算定対象期間」の「四月一日~四月三〇日」の欄のうち「賃金額」欄の「A」欄の記載をそれぞれ削除せよ。

二  被告は、原告に対し、金四八一万三五七〇円を支払え。

第二事案の概要

争いのない事実に(証拠略)、証人坂田邦男、同佐藤直秀の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件事案の概要は次のとおりである。

一  被告は、全日本空輸株式会社東京空港支店の操縦室乗務員の送迎等のハイヤー運行を主たる業とする株式会社であり、原告は、昭和五二、三年ころ被告に雇用され、右乗務員らをその自宅と羽田・成田飛行場の間送迎する車両等の運転業務に従事していたものである(この事実は当事者間に争いがない。)。

二  原告は、平成二年二月一日、右業務中労働災害事故(以下「本件労災事故」という。)に遭って受傷し、市川第二病院で「両手関節捻挫、左足関節打撲捻挫」と診断された(この事実は当事者間に争いがない。)。同病院の渡辺正光医師は、原告の本件労災事故による傷病が同年二月二五日に治癒したものと判断している。

三  原告は、平成二年五月七日から同年六月五日までの間、捻挫あるいは手足の痺れないしは左踵部痛によるとして欠勤し、それが本件労災事故のためであると主張した(この事実は当事者間に争いがない。)。しかし、前記のとおり、本件労災事故による症状は同年二月二五日をもって治癒したものとされ、また、同年五月七日以降の原告主張の捻挫あるいは手足の痺れないしは左踵部痛の療養担当医も、原告主張の症状と本件労災事故との間には因果関係は認められないと診断し、原告自身、同病院で担当医師から、症状が本件労災事故に基づくとの立証はできないと言われた。しかるに、原告は、右診断に納得せず、被告に対し、本件労災事故の後遺症で足首が思うように動かなかったために電車の制動時に捻挫したので原因は本件労災事故にあるなどと主張し続けた。しかし、被告は、そうであればそれが労災と扱われるためには通勤災害として新たに手続をとる必要があるなどとして、原告からの書類の提出を待ったが、原告からは何も提出されなかった。

四  ハイヤー業に携わる被告は、人命を預かる公共輸送機関の安全総点検運動として、従業員の全運転者に対し、覚醒剤等の薬物等を含めた健康告知の義務付けを実施するよう運輸省から厳しく指導されている。そのため、平成二年八月、被告は、従業員の全運転者に対し、同月一五日までに自己の健康状態を所定の用紙(健康状態自己申告書)に記入して申告するよう命じ、原告に対しても、被告の乗務係員からその提出を求めた。しかし、原告は、健康状態自己申告書のうち健康状態に関する記載を一切せずにこれを提出したため、鶴岡同係長からさらに健康状態について申告するように求められたが、これに応じなかった(原告が健康状態の申告を求められ、これを拒否したことは当事者間に争いがない。)。

五  そこで、被告は、平成二年八月一七日、出社した原告に対し、山内業務部長、佐藤直秀所長、鶴岡係長から、右健康状態自己申告書による申告をするように再三説得したが、原告は、右申告をあくまで拒否した。そこでさらに、同部長らは、何か原告に不満があるのではないかと思い、それを明らかにするよう求めたが、原告は「言っても同じだ。」と述べて特段説明しなかった。そして、原告は、結局、被告会社を退職すると申し出、退職願はワープロで打って提出すると述べた。原告は、当日については就労を希望したが、被告は、原告の健康状態を把握できない状況で原告の乗務を認めることはできないとして、被告就業規則六五条五号、六六条一項四号に基づき、下車勤務扱いとする旨原告に告げた。すると、原告は退社し、その後は出勤して業務に就くことはなかった(同日原告が退職の意思を表示し、それ以来就労していないことは当事者間に争いがない。)。

六  被告は、原告に対し、被告会社所定の退職願用紙を交付し、これに所定の記載をして署名押印の上提出するよう指示していたところ、同月二四日、被告の坂田次長は、原告と、原告の退職について話し合い、同月二二日から同年九月一七日までについては、前年度の未消化の年次有給休暇の繰越しの二日間と当年度の年次有給休暇二〇日間の合計二二日間を当て、原告の退職の日付けを同年九月二〇日付けとすることが適当だろうという話をし、原告はこれを一旦了解した(原告が同月二四日に右坂田次長と話し合い退職の日付けを同年九月二〇日付けとすることを合意したことは当事者間に争いがない。)。

七  しかし、原告は、前記退職願用紙の「退職希望年月日」欄に「平成二年九月三〇日」と記載して、これを同年一〇月初めころ被告に郵送した。そこで、被告は、原告の意思を尊重し、原告が同年九月三〇日に退職した扱いをすることにした。そして、原告は、同年一〇月三日ころ坂田次長に連絡をとって同次長と話し合い、退職の日付けを同年九月三〇日とすることを合意した(原告が一〇月三日ころの坂田次長との話し合いで退職の日付けを同年九月三〇日とすることを合意したことは当事者間に争いがない。)。

八  原告は、同年一〇月八日付けの本件離職票を同月九日に受領した(この事実は当事者間に争いがない。)。

九  同年一一月六日、原告と被告赤沢係長が話し合い、同年二月一日から同月二五日までの休業は労災扱いとし、同年五月六日から同年六月五日までの休業は健康保険扱いとすることを合意した(この事実は当事者間に争いがない。)。

一〇  原告は、労災保険に基づく休業補償給付及び特別給付として、給付基礎日額九五六五円の八〇パーセントを、受傷後第四日目から治癒の日までの二一日間分として一六万〇六九二円給付されている。被告は、右給付で不足の第一日目から第三日目までの労働基準法所定の給付基礎日額九五六五円と第四日目以降の給付基礎日額の九五六五円の二〇パーセント(合計六万八八六八円)を原告に提供したが、原告がその受領を拒否したため、平成四年三月三一日右金員を横浜地方法務局川崎支局に供託(同支局平成三年度金第六三七五号)した(右提供と受領拒否の事実は当事者間に争いがない。)。

二 本件離職票には、「被保険者期間算定対象期間」の「七月一日~七月三一日」(賃金支払対象期間「七月二一日~八月二〇日」に対応する。)の欄のうち「賃金額」欄の「A」欄に「二七万九六二二円」と、同「備考」欄に「欠勤二日 八月一七日~八月一八日」との記載があり、「被保険者期間算定対象期間」の「五月一日~五月三一日」(賃金支払対象期間「五月二一日~六月二〇日」に対応する。)の欄のうち「賃金額」欄の「A」欄に「一六万二九七〇円」と、同「備考」欄に「欠勤三〇日 五月七日~六月七日」との記載があり、また、「被保険者期間算定対象期間」の「四月一日~四月三〇日」(賃金支払対象期間(「四月二一日~五月二〇日」に対応する。)の欄のうち「賃金額」欄の「A」欄に「一五万六九七〇円」との記載がある(この事実は当事者間に争いがない。)が、これらの記載は、原告に被告から実際に支払われた賃金額、実際の出勤日数に当たり、被告会社の賃金台帳や出勤簿の記載にも合致している。

一二  これらのうち、賃金支払対象期間「七月二一日~八月二〇日」中の就労期間の日数は二九日間であり、同「五月二一日~六月二〇日」中の就労期間の日数は一五日間であり、同「四月二一日~五月二〇日」中の就労期間の日数は一六日間である。

一三  原告は、同年五月九日から同年六月五日までの休業に対する傷病見舞金につき、被告から、立替により一五万円の支払を受けていたところ、被告は、原告の私傷病による休業に対する傷病見舞金として、イースタン健康保険組合から一五万六七四四円、共済会から五万五九八〇円の合計二一万二七二四円を領したため、原告に交付すべき右合計額につき、原告に立て替えていた右一五万円の立替金債権と相殺し、これを控除した残額六万二七二四円を原告に送金した。また、原告に対しては、通院時立替金として三〇六〇円、同年二月一日の労災事故分につき労働基準監督署から一六万〇六九二円(以上合計三七万六四七六円)が支払われている(原告が右各支払を受けた事実は当事者間に争いがない。)。

第三原告の請求の原因と被告の答弁

一  原告の請求の原因は甚だ不明確であるが、弁論の全趣旨を総合すると次のようなものと解される。

1(本件離職票の記載の削除を求める理由)

(一)  本件離職票の「被保険者期間算定対象期間」の「七月一日~七月三一日」の欄のうち「備考」欄には、「欠勤二日 八月一七日~八月一八日」と記載されているが、実際には、原告は、平成二年八月一七日は、出勤しながら就労を拒否されたのであり、欠勤扱いとするのは不当である。

(二)  本件離職票の「被保険者期間算定対象期間」の「五月一日~五月三一日」の欄のうち「備考」欄には、「欠勤三〇日 五月七日~六月五日」と記載されているが、実際には、この期間は同年二月一日の受傷による労働災害によって休んだものであるから、これを欠勤扱いとするのは不当である。

(三)  本件離職票の「被保険者期間算定対象期間」の「七月一日~七月三一日」及び「五月一日~五月三一日」の欄のうち「賃金額」欄の「A」欄には、それぞれ「一六万二三七〇円」及び「一五万六九七〇円」という金額が記載されているが、五月、六月の最終精算は、一一月一三日なので、本件離職票発行日の時点では「未計算」とすべきであって、確定的な金額を記載すべきでない。

(四)  以上の記載があるために雇用保険金額が本来あるべき金額よりも低額になっており、これらが削除されれば原告はしかるべき雇用保険金額を受給できるはずである。

2(金四八一万三五七〇円の金員の支払を求める理由)

(一)  迷惑料として四五〇万円の支払を求める。

被告が労災として処理せず健康保険による取り扱いをしたこと、健康保険給付等の支払が遅延したこと、健康状態自己申告書提出を強制したこと、定年後のために金属加工の技術の資格を取得するなどの人生設計を崩されたこと、就職支度金取り扱いの不利益、本件離職票の不実記載が右請求の理由である。

(二)  平成二年の賃金と立替金のうち未払金一一万四三五〇円の支払を求める。

その計算は次のとおりである。

(1) 原告に支払われるべき賃金額は一か月二三万七〇五六円である。これに対し、同年二月分の支払額は七万三〇二〇円であるから一六万四〇三六円が、同年三月分の支払額は一八万五五六二円であるから五万一四九四円が、同年五月分の支払額は一〇万八二七七円であるから一二万八七七九円が、同年六月分の支払額は一一万六六四四円であるから一二万〇四一二円が、同年八月分は出勤した出番分一万九七五五円が、それぞれ未払であった(以上の未払賃金合計四八万四四七六円)。

また、平成二年二月二六日の二二〇〇円と同月五日以降の通院に際しての立替経費二六一〇円の合計四八一〇円、同年五月七日から同月二八日までの通院に際しての立替経費合計一五四〇円が未払であった(以上立替金合計六三五〇円)。

(2) これに対し、原告はイースタン健康保険組合から一五万六七四四円、共済会から五万五九八〇円、また通院時立替金として三〇六〇円、労働基準監督署から一六万〇六九二円の合計三七万六四七六円を受領した。

(3) したがって、(1)と(2)の差額一一万四三五〇円が未払である。

(三)  失業期間四〇日分につき一日当たり四九八〇円で一九万九二二〇円の支払を求める。

二  被告の答弁は次のとおりである。

1(本件離職票の記載の削除を求める請求に関する答弁)

(一)  原告は、平成二年八月一七日には出社したものの業務命令に従わず、無断で退出したものであり、しかも、原告と被告の坂田次長との間で同月二四日話し合った際、同月一八日の原告の欠務を私事による欠勤扱いとし、同月二〇日からを未消化分の年次有給休暇に当てることを合意したのであるから、本件離職票の「被保険者期間算定対象期間」「七月一日~七月三一日」に対する備考欄に、「欠勤二日 八月一七日~八月一八日」と記載されていることに誤りはない。

(二)  原告は、捻挫あるいは手足の痺れないしは左踵部痛によるとして同年五月七日から同年六月五日までの間欠勤したが、それが本件労災事故のためであると主張していた。しかし、原告の本件労災事故による傷病は同年二月二五日で治癒しており、また、原告の療養を担当した医師も、同年五月以降の症状と本件労災事故との間には因果関係はないと診断していたものであり、その後も、原告は、右因果関係の証明をしないのであるから、原告主張の期間が労働災害による休業であるとは認められず、これを欠勤扱いとするのは正当である。したがって、本件離職票の「被保険者期間算定対象期間」の「五月一日~五月三一日」に対する備考欄に「欠勤三〇日 五月七日~六月五日」と記載した点については誤りはない。

なお、同年一一月六日の原告と被告の赤沢係長との話し合いにより、同年二月一日から同月二五日までの休業は労災扱いとし同年五月六日から同年六月五日までの休業は健康保険扱いとすることで、原被告間の了解に達している。

(三)  なお、雇用保険法一四条一項によると、賃金支払の基礎となった日数が一か月中で一四日以上の場合には一か月の賃金額として計算すべきものであるから、本件離職票の賃金支払対象期間「五月二一日~六月二〇日」及び「四月二一日~五月二〇日」における賃金額欄には記載をすべきもので、これを削除する理由はまったくない。

2(金員の支払請求に関する答弁)

(一)  (迷惑料四五〇万円について)

同年五月からの欠勤について労災扱いができないのはその証明がないからであり、なお、健康保険による取扱いをしたのは原告の了解を得て行ったことである。健康保険給付等の支払が遅延したのは、原告が右労災の因果関係の証明ができると主張し続けたためである。健康状態自己申告書の提出を求めたことは、人命を預かる公共輸送機関の安全総点検運動として、運輸省からの指導に基づき従業員の全運転者に対してなしたことであり、ハイヤー業に携わる被告として当然のことである。原告は、自らの意思で被告を退職したものであり、また、本件離職票の記載は真実に合致している。被告には、原告に対して迷惑料なるものを支払うべきいわれはない。

(二)(賃金・立替金の未払金一一万四三五〇円について)

(1) 原告に支払われるべき賃金額が一か月二三万七〇五六円であるとする根拠はなく、同年二月分の支払額は総支給額一二万一五六九円から公課等四万八五四九円を控除した七万三〇二〇円であり、同年三月分の支払額は総支給額二三万六〇六九円から公課等五万〇四四八円を控除した一八万五五六一円であり、同年五月分の支払額は総支給額一五万六九七〇円から公課等四万八六九三円を控除した一〇万八二七七円であり、同年六月分の支払額は総支給額一六万二九七〇円から公課等四万六三二六円を控除した一一万六六四四円であり、同年八月分の支払額は総支給額一六万二九七〇円から公課等四万六三二六円を控除した一一万六六四四円であって、これらは既に支払済である。

また、労災事故に際しての立替経費は、平成二年二月五日から同月一九日までの間の立替金合計二六一〇円と同月一日の四五〇円との合計三〇六〇円が労災事故と相当因果関係があるものであって、それは支払済である。原告主張の二二〇〇円は同月二六日の通院に関するものであり、これ以降の分は治癒後のものであるから、被告に支払義務はない。

(2) 原告が受領したと認める合計三七万六四七六円の内訳は、右通院時立替金三〇六〇円のほか、同年五月九日から同年六月五日までの私傷病による休業に対する傷病見舞金がイースタン健康保険組合から一五万六七四四円、共済会から五万五九八〇円支給されており(合計二一万二七二四円。一旦これを受領した被告は、原告にこれを交付すべき右合計額の債務を負ったが、他方、これらの立替金としてあらかじめ原告に交付していた一五万円の立替金債権があったので、これを対当額で相殺し、残額六万二七二四円を原告に送金した。)、また、同年二月一日の労災事故分につき労働基準監督署から一六万〇六九二円が支払われているものである。

(3) 原告は、労災保険に基づく休業補償給付及び特別給付として、給付基礎日額九五六五円の八〇パーセントを受傷後第四日目から治癒の日までの二一日間分(合計一六万〇六九二円)支給されており、被告は、右給付で不足の第一日目から第三日目までの給付基礎日額九五六五円と第四日目以降の給付基礎日額九五六五円の二〇パーセント(合計六万八八六八円)を原告に提供したが、原告がその受領を拒否したため、これを平成四年三月三一日供託したから、被告が原告に支払うべき残額はない。

(三)  失業期間四〇日分につき一日当たり四九八〇円で一九万九二二〇円という請求の根拠は不明である。

第四当裁判所の診断

一  原告の請求中、本件離職票の記載の削除を求める点は、そのような作為請求の法的根拠が明らかでないが、その点は措き、原告主張の記載内容が事実に合致するものであるかどうかを診断する。

1  本件離職票の記載中平成二年八月一七日の欠勤の点については、前記のとおり、原告は、同日出社したものの、被告の業務の性質上当然必要なものといえる健康状態自己申告書の提出を求められたのにこれをあくまで拒み、同日付けで退職する旨申し出た上、当日は健康状態自己申告書の提出なしで乗務させるように要求して被告に拒否され、退社してしまったものであるから、同日の勤務が欠勤とされることはやむを得ないことであり、その点の本件離職票の記載に事実との齟齬はない。

2  本件離職票の記載中同月一八日の欠勤の点については、原告は、右のような経過で、前日、健康状態自己申告書の提出をあくまで拒否したまま就労を希望してこれを拒否されたもので、さらに被告会社を退職することを前提としていたものであり、同日を有給休暇とするなどの特段の請求も合意もなされないまま就業していない以上、同日の勤務が欠勤とされることは当然であり、その点の本件離職票の記載に事実との齟齬はない。

3  本件離職票の記載中同年五月七日から同年六月五日までの間の欠勤の点については、前記のとおり、原告が主張する捻挫あるいは手足の痺れないしは左踵部痛と本件労災事故との因果関係を認めるに足りる証拠は何もなく、かえってその立証が不可能であることは原告の自認するところである。したがって、この期間の欠勤が本件労災事故による休業であるとは認められないために欠勤として扱われたのであるから、その点の本件離職票の記載に事実との齟齬はない。

4  なお、雇用保険法一四条一項によると、賃金支払の基礎となった日数が一か月で一四日以上の場合には一か月の賃金額として計算すべきものであるから、本件離職票の賃金支払対象期間「五月二一日~六月二〇日」及び「四月二一日~五月二〇日」における賃金額欄には記載をするのが当然である。

よって、本件離職票の記載の前記のような削除を求める原告の請求は、そのような作為請求の法的根拠いかんを措いても、理由のないことが明らかである。

二  原告の請求中金員の支払を求める点も、請求の原因自体に不明確な点が多い。前記のようにそれを善解してみても、請求を是認し得るだけの法的根拠は見い出すことができない。

1  迷惑料四五〇万円の請求については、被告に不法行為があるとの主張のように解されるが、同年五月七日から同年六月五日までの間の欠勤について労災扱いとされなかったのは右欠勤と本件労災事故との因果関係の証明がないからであり、また、健康保険給付等の支払が遅延したのは、原告が右因果関係の証明ができないのにできると主張し続けたためであって、それらが原告に不利益であるとしても、いずれも原告自身の責に帰すべきものにすぎず、被告の違法行為とみる余地はない。被告が原告に健康状態自己申告書の提出を求めたことは、人命を預かる公共輸送機関として当然のことで、何ら違法なものとはいえない。本件離職票の記載に事実と齟齬する点のないことは前示のとおりである。原告は、被告から本件離職票を交付された時期が遅かったことで職業訓練校に通学する機会を失ったかのようにも供述するが、原告が被告に対して、退職後に職業訓練を受けて資格を取得することが退職後の人生設計の上で重要だと説明したり、離職票の交付を早くしてほしいと要求したり、被告においてことさらにこれを遅らせたりしたことを認めるに足りる証拠はなく、また、本件離職票の交付時期のいかんが原告供述の資格の取得の可否自体に影響を及ぼすべき特段の事情を認めるに足りる証拠もない。その余の主張についても、これを被告の原告に対する不法行為とみるに足りる事情は何も見当たらない。

他にも原告の右請求を理由あらしめる事情は本件全証拠によっても認められず、被告に不法行為責任が生ずると解すべき余地はない。

2  賃金・立替金の未払金合計一一万四三五〇円の請求についてみても、原告の請求を根拠づける事実を認めるに足りる証拠はない。

(一) 原告に支払われるべき賃金額が一か月二三万七〇五六円であることを認めるに足りる証拠はない。

(二) また、本件労災事故による症状の治癒の時期は同年二月二五日と認められ、これに反する証拠はなく、本件労災事故に際しての立替経費中、平成二年二月五日から同月一九日までの間の立替金合計二六一〇円と同月一日の四五〇円との合計三〇六〇円が本件労災事故と相当因果関係があるとしても、それは支払済であり、原告主張の二二〇〇円は、同月二六日の通院に関するもので、その余はさらにその後のものだというのであるから、このような当該事故による受傷としては治癒した後の通院に際しての立替経費をもって、本件労災事故と因果関係があるとする余地はない。

(三) 被告が原告に対し、労災保険に基づく休業補償給付及び特別給付で不足の第一日目から第三日目までの給付基礎日額九五六五円と第四日目以降の給付基礎日額九五六五円の二〇パーセント(合計六万八八六八円)を原告に提供し、原告がその受領を拒否したため、これを供託したことは前記のとおりであるから、被告には原告に対して支払うべき残額はない。

(四) 失業期間四〇日分につき一日当たり四九八〇円で一九万二二〇円という請求については、これを被告に請求し得るとする法的根拠がない。

したがって、原告の被告に対する金員の支払請求も理由がない。

三  よって、原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却する。

(裁判官 松本光一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例